円笑の夜は男と女とお酒(二)
さて、前回の秦は始皇帝さん。
3,000人の美女を自分の宮に囲った。
俺のもんだヨッて。やに下っちゃって。
所が、何しろ3,000人ですから、毎晩一人ずつ行ったって何年掛かるのか?
女の行先き役人が決めると、これが原因で悪いことをするかも判らない。
親分考えた末は、当時は牛車に乗って上々の連中は移動したから、牛が止った家に泊まる事にした。
それが、よくよく気が付くと、この所同じ家ばかりに牛が止るんですネ。しかも、その家の前には白い物が撒かれてる。
白い物ッても麻薬じゃァない。塩・塩ですネ。牛は塩が大好きだから、家の前に止ってペロペロなめる訳です。
この女性頭いいやネ。牛は止ってペロペロ、秦の始皇帝は家に泊まってペロペロ。
そんな事はどうでもいいんですが・・・。
これからゲンかつぎの商売(飲み屋とか水商売)は店の前に盛り塩をするようになった。どうです。噺家も頭いいでしょう。
このブログ読んでたら大学出の教養は十分得られる。下手なテレビを見たり、しょうもない先生の本読むより。”円笑ブログ”が一番。
そこで雑学を披露しましょう。
江戸時代、口付け・接吻・キスの事は呂ノ字と言った。口と口を付ける。口ノ口と書いて呂。だから呂ノ字と言う。
”きのう始めて彼と呂ノ字したのヨ”余り流行そうもない言葉かね。
ついでながら、性交も。しもしじもは、下と書いて現したもの。正に下・した。やりましただネ。娘の日記の下のスミに、昨日は下・下。下・下・下(三回)ッした。
最近は、性交の表現をHと言う。若い人の会話でH。これッて、さんま賛がテレビで喋ったのが源流でしたかネ。
あたしなんぞ、このHなる会話聞いた時驚きましたヨ。明治時代、出歯亀次郎なる変質者がいて、この男歯が出ている所から、変質者=出歯亀と証した。時移り、日本が戦争に敗れ、ローマ字なんぞが流入。
変態・変質者をローマ字で書くと、頭文字がHとなる。従って、我々の加令者は、H=変態性欲者を指す。若い人々が、平気で”私、昨日彼とHしたの”と聞いた時、う~ん?君達変態性欲者かとビックリしたもの。いや~世の中の流れは色々でげす。



本日23日の昼席、楽しかったです^^ ちょっとだけ、気になったこと。京都の嶋原と江戸の吉原のお話で花魁の話をされていましたが、京都では花魁ではなく太夫(だゆう)さんだと思います。芸を極めた芸妓さんの頂点に立つ人ですよね。江戸の花魁道中に対して嶋原太夫(だゆう)道中とか・・輪違屋さんにいらっしゃるのも、現在日本に現役で2~3人しかいらっしゃらない太夫さんですネ。太夫さん・・という言葉がどこにもなかったので少し気になりました。もし、円笑さんのお話でなかったらゴメンナサイ!!!
投稿: るちちゃぴ | 2010年7月23日 (金) 19時15分